「年齢」ではなく「変化」に気づく。安全運転を支えるカノンの認知機能チェックの取り組み
運転業における認知機能チェックの必要性
車を運転する仕事では、日々の体調管理が安全運転に直結します。
睡眠不足や疲労、視力・聴力の変化などに加えて、年齢を重ねる中では、記憶する力、注意を向ける力、状況を判断する力といった「認知機能」の変化にも目を向ける必要があります。
当社には、前期高齢者を含む幅広い年代のドライバーが在籍しています。
しかし、私たちは「年齢が高いから危険」と考えているわけではありません。
大切なのは、年齢だけで一律に判断することではなく、「その人自身に以前と比べて変化が起きていないか」に早めに気づくことです。
そのため当社では、毎年、全従業員を対象に認知機能チェックをご案内しています。また、年1回の実施後に入社した従業員についても、入社時に同様のチェックをご案内しています。
なお、認知機能に関する情報は非常にプライベートな健康情報です。
そのため、倫理的な配慮から受検を強制するものではなく、目的をご理解いただいたうえで、ご本人の意思と同意に基づき任意で実施しています。
取得した情報についても、産業医・産業看護師などを中心に必要最小限の範囲で取り扱い、検査結果だけを理由として雇用上の不利益や運転業務の可否を決めることはありません。
まず知っていただきたいこと ― CCIもMMSE-Jも「診断」ではありません
当社では、認知機能について気になる変化があった場合、いきなり医療機関で詳しい検査を受けてもらうのではなく、必要性に応じて少しずつ確認のレベルを上げていく仕組みを採用しています。
その最初の2段階で使用するのが、
① CCIを参考にした認知機能チェック
② MMSE-J
です。
ここで大切なのは、CCIもMMSE-Jも、どちらも「スクリーニング」であり、認知症を診断するための検査ではないということです。
スクリーニングとは、簡単に言えば、
「さらに詳しく確認した方がよい可能性があるかを確認するためのもの」
です。
当社の社内マニュアルでも、CCIとMMSE-Jはいずれもスクリーニングとして位置づけ、得点だけで認知症や運転業務の可否を判断しないことを明確にしています。
① CCIで、日常生活の「変化」を広く拾う
最初に行うのが、CCI(Cognitive Change Index)を参考にした20項目の認知機能チェックです。
CCIの特徴は、「今できるか、できないか」だけを見るのではなく、
- 以前より物忘れが増えていないか
- 段取りを考えることが難しくなっていないか
- 言葉が出にくくなっていないか
など、以前の状態と比べてどのような変化が起きているかを確認するところにあります。
短時間で回答でき、身体的な負担も少ないため、まず多くの方を対象として「小さな変化」に気づくための入口として活用しています。
CCIについては、Rattanabannakitら(2016)の研究で、本人や家族などが感じる認知機能の変化と、記憶・注意・言語などを調べる神経心理学的検査との関連が検討されています。
つまり、日常生活の中で感じられる変化を捉える方法として一定の研究的な裏付けがある質問紙です。
また、本人の認識と周囲の認識は必ずしも同じではありません。
認知機能の変化は、本人よりも普段一緒に生活している家族などが先に気づく場合もあります。そのため当社でも、必要に応じて本人の同意を得たうえで、日常の様子をよく知るご家族等からも情報をいただくことがあります。
CCIにも限界があります
一方で、CCIは本人や家族の「感じ方」をもとに回答する質問紙です。
そのため、その日の気分や不安、ストレス、本人の自己認識などによって回答が変わる可能性があります。
そこでCCIだけで結論を出さず、「もう少し詳しく確認した方がよい方を拾い上げるためのスクリーニング」として使用しています。
なお、当社で使用する質問票はCCIを参考として社内運用しているものであり、原著CCIの研究結果がそのまま当社版の精度を保証するものではありません。
② なぜ、CCIの後にMMSE-Jも行うのか?
CCIでさらに確認した方がよいと考えられる場合には、臨床心理士・公認心理師による**MMSE-J(精神状態短時間検査 改訂日本版)**を使用します。
MMSE-Jも、CCIと同じくスクリーニング検査です。
すると、
「CCIですでにスクリーニングしているのに、なぜもう一度スクリーニングをするの?」
と思われるかもしれません。
理由は、CCIとMMSE-Jでは、認知機能を確認する「角度」が異なるからです。
CCIが確認するのは、
「日常生活の中で、以前と比べて変化してきていないか」
という情報です。
一方、MMSE-Jでは、記憶、注意、計算、言葉の理解、書字、図形などの課題を実際に行ってもらい、
「現在の認知機能がどのような状態なのか」
を標準化された方法で確認します。
つまり、
CCI = 日常生活での「変化」を拾うスクリーニング
↓
MMSE-J = 実際の課題によって「現在の状態」を別の角度から確認するスクリーニング
という役割分担です。
CCIには日常の変化を捉えやすい反面、本人や家族の主観に影響されるという弱点があります。
MMSE-Jはより客観的に確認できますが、反対に「以前と比べて最近どう変わったのか」という日常生活の変化そのものを見る検査ではありません。
同じスクリーニングを二重に行っているのではなく、それぞれの長所を生かし、弱点を補いながら、段階的に確認の精度を高めています。
MMSE-Jについては国内でも妥当性・信頼性に関する研究が行われ、認知機能を確認するスクリーニング検査として一定の有用性が示されています。
当社では正規版を使用し、原則として臨床心理士・公認心理師が標準的な方法に従って対面で実施します。
MMSE-Jも万能ではありません
MMSE-Jも、すべての軽度な認知機能の変化を捉えられるわけではありません。
また、実際の道路上で必要となる危険予測、複雑な判断、情報処理速度、運転技術そのものを測定する検査でもありません。
さらに、睡眠不足や疲労、体調不良、薬の影響、視力・聴力などが結果に影響する場合もあります。
そのため、MMSE-Jの点数だけで「安全」「危険」「運転できる・できない」と判断することもありません。
ここから必要に応じて、さらに一段ずつ確認の専門性と個別性を高めていきます。
認知機能だけでなく、メンタル面も同じ時期に確認しています
物忘れや集中力の低下、判断のしづらさは、認知機能そのものの変化だけで起こるとは限りません。
強いストレス、不安、気分の落ち込み、睡眠不足、疲労などによっても、注意力や記憶力が一時的に低下することがあります。
実際、当社の認知機能チェック実施マニュアルでも、検査結果に影響し得る要因として、睡眠不足、疲労、服薬、抑うつ、不安、身体状態などを確認することとしています。
そのため当社では、認知機能チェックとあえて同じ時期に、全従業員を対象としたストレスチェックも実施しています。
「認知機能」だけを見るのではなく、「こころの状態」も含めて、心身の変化に気づく機会を同じ時期に設けることが目的です。
もちろん、ストレスチェックの結果と認知機能チェックの結果を単純に結びつけて判断するものではありません。
例えば「最近集中できない」という状態があった場合にも、認知機能の変化なのか、睡眠や疲労、ストレスなどが影響しているのかは、一つの検査だけでは分かりません。
だからこそ、
認知機能のチェック
+
ストレスチェック
+
必要に応じた産業看護師による健康面談
と、少しずつ確認する範囲を広げていきます。
認知機能だけに原因を求めず、身体・睡眠・メンタル面まで含めてその人全体を見ることも、当社が段階的な仕組みにしている理由の一つです。
そのうえで、さらに確認が必要な場合に産業医、そして必要に応じて医療機関へと専門性を高めていきます。
ここから先は、「検査」から「その人自身を見る」段階へ
当社の認知機能チェックは、CCIとMMSE-J、ストレスチェックを行って終わりではありません。
③ 産業看護師が、健康や生活の背景を確認
認知機能の変化に見えても、その原因が認知症とは限りません。
例えば、
- 睡眠不足や日中の強い眠気
- 疲労
- 飲酒
- 薬の影響
- ストレスや気分の落ち込み
- 視力・聴力の低下
- 身体の病気
などでも、注意力や判断力が低下することがあります。
そこで必要な場合には、産業看護師が健康面談を行います。
①②では「認知機能に変化がありそうか」を確認し、③ではさらに一歩進んで「その変化の背景に何があるのか」を確認します。
検査の数字だけでは見えない、睡眠、疲労、服薬、心理状態、身体状態などを一人ひとり確認していきます。
④ さらに必要な場合は、産業医による医学的な確認へ
健康面談の結果などから、さらに医学的な確認が必要な場合には産業医へつなぎます。
この段階では、CCIやMMSE-Jの結果だけを見るのではありません。
認知機能、身体状態、服薬、睡眠、事故やヒヤリハット、実際の業務状況などを含め、医学的な視点から総合的に確認します。
必要に応じて、医療機関への受診、追加評価、就業上の配慮などについて産業医から助言を受けます。
①の負担の少ないチェックから始まり、④では医師が実際の健康状態や業務状況まで含めて確認するところまで、少しずつ評価の専門性を高めていきます。
⑤ 本当に必要な場合に、医療機関へつなぐ
さらに専門的な確認が必要と産業医が判断した場合には、かかりつけ医、もの忘れ外来、脳神経内科、精神科などの医療機関への相談につなげます。
ここでは、必要に応じて専門医による診察や、さらに詳しい認知機能の検査などが行われます。
また、認知機能検査だけでは実際の運転能力について判断が難しい場合には、専門的な運転能力評価を検討することもあります。
「広く確認する」から「専門的に確認する」へ
当社の流れをまとめると、次のようになります。
① CCIによるスクリーニング
まず広く、負担の少ない方法で「以前からの変化」を拾う
↓
② MMSE-Jによるスクリーニング
実際の課題を通して「現在の認知機能」を別の角度から確認する
(+ストレスチェックによる心理的負荷状況の把握)
↓
③ 産業看護師による健康面談
睡眠・疲労・服薬・ストレスなど、変化の背景まで確認する
↓
④ 産業医による確認・助言
医学的な視点と実際の業務状況を加えて総合的に確認する
↓
⑤ 医療機関
必要な場合に、専門医による診察・精査へつなげる
①から⑤まで全員に一律で実施するものではありません。
まずは広く負担の少ないスクリーニングから始め、必要性が高まった方についてのみ、一段ずつ「より詳しく」「より個別に」「より専門的に」確認していくことが、この仕組みの大きな特徴です。
この対応については、誰がどの段階で何を確認し、どのような場合に次の専門職へつなぐのかを「認知機能チェック実施マニュアル」として定め、社内で統一した運用を行っています。
一つの検査、一つの数字だけで人を判断しない
この仕組みをつくるうえで、当社が大切にしている考え方があります。
質問紙だけで判断しない。
認知機能検査の点数だけでも判断しない。
そして、年齢だけでは判断しない。
CCIにはCCIの得意なことと限界があります。
MMSE-Jにも得意なことと限界があります。
産業看護師には、健康や生活の背景を見る役割があります。
産業医には、医学的な視点から全体を判断する役割があります。
そして、本当に必要な場合には専門医療へつなぐことができます。
一つの方法だけでは分からないからこそ、必要性に応じて確認のレベルを一段ずつ高め、複数の視点を重ねていく。
これが当社の認知機能チェックの基本的な考え方です。
目的は「運転から外すこと」ではありません
認知機能チェックを行うと聞くと、
「悪い結果が出たら、運転できなくなるのでは?」
と不安に感じる方もいるかもしれません。
しかし、この取り組みの目的は、認知機能が低下した人を探して仕事から外すことではありません。
小さな変化に早く気づき、その原因を確認し、必要な支援につなげることで、できるだけ長く、安全に働き続けてもらうこと。
そのための仕組みです。
検査結果だけを根拠として運転業務の可否や雇用上の不利益を判断することはありません。必要な就業上の配慮についても、医師の意見や実際の安全上の状況、業務内容を踏まえて検討します。
事故が起きてから原因を探すのではなく、事故につながる前の小さな変化に気づく。
最初から大がかりな検査をするのでもなく、ひとつの点数だけで結論を出すのでもなく、必要に応じて少しずつ確認のレベルを上げていく。
当社ではこれからも、科学的な根拠を取り入れながら、従業員の意思やプライバシーにも十分配慮し、安全運転と「安心して働き続けられること」の両立を目指して取り組んでまいります。
株式会社カノン・エージェンシー
代表取締役 青木 淳
参考文献・引用元
Rattanabannakit C, Risacher SL, Gao S, et al.(2016)
The Cognitive Change Index as a Measure of Self and Informant Perception of Cognitive Decline: Relation to Neuropsychological Tests.
Journal of Alzheimer’s Disease, 51(4), 1145–1155.
CCIによって捉えられる本人・家族等から見た認知機能の変化と、神経心理学的検査との関連について検討した研究です。
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4833578/
杉下守弘・腰塚洋介・須藤慎治・他(2018)
「MMSE-J(精神状態短時間検査-日本版)原法の妥当性と信頼性」
『認知神経科学』20巻2号,91–110頁。
MMSE-Jの妥当性・信頼性について検討した国内研究です。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ninchishinkeikagaku/20/2/20_91/_pdf
厚生労働省
「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針」
従業員の健康情報を適切に取り扱うための基本的な考え方として参考にしています。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/anzen/anzeneisei02.html